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アスリートの言霊。
―厳しい時代を生き抜くために―

ベースボール・マガジン社/編
2020年10月 3日発売
BBM1610036
四六判並製・160頁
定価 本体1,500円+税
ISBN:978-4-583-11295-4 C0075

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CONTENTS

アスリートの言霊(ことだま)。“スポーツ名言集”
スポーツの名勝負が蘇る言葉の力。今の時代に必要なのは、勇気をくれる選手たちのパフォーマンスと感動だ!

スポーツの名シーンは、人々の胸を打ち、人生を豊かにしてくれることが多い。ふとこぼれたアスリートたちの言葉にはさまざまな思いが込められている。

【目次】
【オリンピック草創期(1896年~1936年)】
ピエール・ド・クーベルタン「より速く、より高く、より強く」
フレッド・ローツ(陸上) 「冗談のつもりだった」
ピエール・ド・クーベルタン「参加することに意義がある」
嘉納治五郎「我々はNIPPONである」
金栗四三(陸上) 「長い道のりでした。この間に嫁をめとり、6人の子供と10人の孫に恵まれました」
熊谷一弥(テニス) 「口惜しくて、銀メダルなんてくそ喰らえでした」
内藤克俊(レスリング) 「『スポーツマン、スピリット』大いに学ぶべき」
織田幹雄(陸上) 「私が勝ったのは全くホップで勝ったのです」
鶴田義行(競泳) 「電報が着いたら日本で喜ぶだろうな」
清川正二(競泳) 「二個のサイコロを振ったら、ラッキーセブンが出たのでシメタと勇んで出場した」
西 竹一(馬術) 「We won!(我々は勝った! )」
西田修平、大江季雄(陸上) 「二、三等のメダルを半分に割り継ぎ合せて、各自が持ち度い」
前畑秀子(競泳) 「負ければ、死んでおわびするつもりでした」
COLUMN 幻となった1940東京大会

【オリンピック激動期(1948年~1980年)】
石井庄八(レスリング) 「応援してくれるんだ。勝つんだと勇気百倍でした」
エミール・ザトペック(陸上) 「Schade!(お気の毒様! )」
笹原正三(レスリング) 「〝さざれ石の〟というところまでくるとこめかみのところがジーンとしてどうにもなりません」
田中聡子(競泳)「だってさ、負けたと思ったんだもの」

【オリンピック激動期(1948年~1980年)[東京オリンピック開催](1964年)】
桜井孝雄(ボクシング) 「水を飲まなかったから、涙の出ようがないですよ」
大松博文(バレーボール) 「選手たちは、ほんとうによくやってくれた。よくわたしについてきてくれた」
円谷幸吉(陸上) 「私はレース中、後ろを振り返りません」
神永昭夫(柔道) 「力いっぱいたたかって負けたのですからもういうことはありません」
アベベ・ビキラ(陸上) 「あと二十㌔は走れるよ」
釜本邦茂(サッカー) 「スカッとした気分」
三宅義信(重量挙げ) 「ああ、疲れた。チャンピオンはつらい」
宗村宗二(レスリング) 「きのう夢を見た。三百キロもするようなカエルをつかまえた。あす優勝することかなと思っていた」
君原健二(陸上) 「日本のマラソンの伝統を守れた」
塚原光男(体操) 「『9・90』のときは意外と冷静でした」
加藤喜代美(レスリング) 「金メダルを一番喜んでくれるのは僕の彼女です」
田口信教(競泳) 「ターンの前に勝てると思いました」
ナディア・コマネチ(体操) 「パーフェクト以上のパーフェクトをやりたいわ」
COLUMN 国際政治に翻弄されたモスクワ大会ボイコット騒動

【オリンピック躍動期(1984年~2016年)】
蒲池猛夫(射撃) 「孫に早く知らせねば」
山下泰裕(柔道) 「こんなけがで、今までの努力を無にしてたまるか」
鈴木大地(競泳) 「いちかばちかの勝負にかけた」
斉藤仁(柔道) 「勝負に対してがめつくいかしてもらった」
中山竹通(陸上) 「一位じゃないと。二位もビリも同じ」
小林孝至(レスリング) 「金メダルを二度もらうようなものです」
岩崎恭子(競泳) 「今まで生きてきた中で、一番幸せです」
谷口浩美(陸上) 「こけちゃいました」
吉田秀彦(柔道) 「古賀先輩にも金をとってもらいたいです。絶対とってくれると思っています」
古賀稔彦(柔道) 「何とかやれました。みんなの声援のおかげで頑張れました。やっと金メダルの念願がかないました」
野村忠宏(柔道) 「新聞を見ても(自分のことは)ちょこっとしか出ていないから、柔道を知らない人は自分のことを知らないと思う」
有森裕子(陸上) 「自分で自分をほめたい」
十文字貴信(自転車) 「競輪界ではまだ下っ端です」
川口能活(サッカー) 「試合に集中して、だれがゴールしたかも覚えてないんです」
田村亮子(柔道) 「最高でも金、最低でも金」
篠原信一(柔道) 「弱いから負けた。それだけです」
田島寧子(競泳) 「めっちゃ、悔しい。金がいいです~」
高山樹里(ソフトボール) 「今日の試合には負けました。でもチームのきずなでは勝ちました」
高橋尚子(陸上) 「すごく楽しい42㎞でした」
谷亮子(柔道) 「田村で金、谷でも金」
野口みずき(陸上) 「ゴールした瞬間は夢みたいでした」
北島康介(競泳) 「チョー気持ちいい」
刈屋富士雄(アナウンサー)「伸身の新月面の描く放物線は、栄光への架け橋だ」
上野由岐子(ソフトボール) 「最後は気持ちが強い人間が勝ちを取ることができるんだなって、つくづく実感しました」
北島康介(競泳) 「何も言えねえ」
石井慧(柔道) 「自分が負けたら日本の負けだと、斉藤先生から耳にたこができるほど言われていた」
星野仙一(野球) 「五輪は難しい。強い者が勝つのではなく、勝った者が強い。私に力がなかったということだ」
末續慎吾(陸上) 「一人の力ではかなわなかった。でも、リレーは違う」
太田雄貴(フェンシング) 「『就職先募集中』と書いておいてください」
澤穂希(サッカー) 「代表に入ってから19年かかったが、その19年分の重みがあるメダル」
村田諒太(ボクシング) 「これからの人生が僕の価値になるので、(金メダルに)恥ずかしくないように生きていく」
松本薫(柔道) 「ビッグパフェが食べたいです」
室伏広治(陸上) 「自分の年齢に勝てたことを誇りにしたい」
松田丈志(競泳) 「康介さんを手ぶらで帰らせるわけにはいかない」
萩野公介(競泳) 「すごい夏休みでした」
錦織圭(テニス) 「自分の国のために戦うのは本当に楽しかった」
吉田沙保里(レスリング) 「日本選手の主将として金メダルを取らないといけないところだったのにごめんなさい」
内村航平(体操) 「仲間と取る金メダルは、うれしいを超えちゃっている」
伊調馨(レスリング) 「最後はやっぱり(亡くなった)お母さんが助けてくれた」
高橋礼華(バドミントン) 「日の丸が一番高いところにあがっているのを見て、一番になったんだなと実感した」
ケンブリッジ飛鳥(陸上) 「今までの100メートルで一番短かった」
“こぼれ名言”

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