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レベルアップへの処方箋

ソフトボール界の第一人者、吉村正先生が、ソフトボール・マガジンの読者を対象としたクリニックを実施しています。いろいろな悩みを抱える受講者たちに、先生が様々な処方箋を与えてくれます。自分自身の悩みと重ね合わせ、投球のレベルアップにつなげてください。

※こちらの内容はソフトボール・マガジンに掲載中です。受講者の応募に関しても本誌をご覧下さい。

講師 吉村正(よしむら・ただし)
昭和20年京都府宇治市に生まれ、5歳のときより兄の指導でソフトボールを始める。平安高校(野球部)を経て、早稲田大学卒業。現在、早稲田大学教授(健康科学)・評議員、ソフトボール部総監督、日本体育大学非常勤講師(野球・ソフトボール)。元ハワイ大学客員教授。
 
第10回:音で感覚をつかむ〜初級者編〜
今回受講する林佳奈枝さんは、野手から投手に転向して1か月。夏に3年生が抜けるとチームに投手は1人となってしまうため、「苦しくなると思うので、少しでも助けてあげられたら」と受講を決めたという。
林佳奈枝さん
受講者プロフィール
氏名:林佳奈枝(はやし・かなえ)さん
生年月日:1987年4月2日
身長・体重:165cm、72kg
右投右打
現所属チーム:神田女子学園高等学校ソフトボール部
ソフトボールを始めた年齢:10歳
ソフトボール歴:クラブチームで7年(投手としては1か月)

スピードアップが目標
 投球練習を始めてまだ1か月。そんな林さんを気遣うように吉村先生は雑談から始める。これまではどこを守っていて、何番を打っていて、指導しているのはどんな先生? 矢継ぎ早の質問に答えているうちに林さんの緊張も少しほぐれたようだ。吉村先生はそれを待っていたかのように、講習を開始した。
 まず林さんに今回の目標を聞くと、次の3点を挙げてくれた。
1.スピードアップ
2.とにかくストライクが取れるようになる
3.コントロールをつける
 林さんの投球を数球見たところで「ある程度重心を残すような投球フォームはできていますね」と吉村先生。第1印象としてはまずまずのようだ。だが、やはり初心者の域を出ていないところも多い。それは悪いことではなく、むしろこれからいくらでも吸収することができるという点ではメリットである。
 「林さんは教えたことを素直に聞いてくれるから、とてもやりやすいですよ」と吉村先生。そして「これだけは頭に入れておいて」と前置きしてこうアドバイスした。
 「ソフトボールを勉強するのに、本もビデオもたくさん出ていますよね。私も何冊も書いています。でも、そこでいくら説明してもしきれないものがある。それは“音”なんです。今日はせっかくこうして来ていただいたので、音をよく聞いてくださいね」。

最上級生になる責任感から投手を始めた
 林さんは神田女学園高の2年生。小学4年生、10歳の時にソフトボールを始めた。持ち前のソフトボールセンスは打撃で生かされた。神田女学園中学校から同高校へと進学したが、これまで投手をする機会はなかった。それでもピッチャーをやってみたいという漠然とした思いはずっと持ち続けていたようだ。
 投手に挑戦することになったきっかけはチーム事情。この夏、3年生が引退すると、チームには投手が1人しかいなくなってしまうのだ。自分が何とかしたいという責任感が、林さんを動かした。
 「元々、ピッチャーをやりたいという気持ちもありましたし、チームも投手1人では苦しくなると思うので投球練習を始めました」。
 今回の受講についても、部の顧問である渡部真由美先生に相談したところ、快くOKを出してくれたという。
 打線ではクリーンアップを任されている林さんだが、これからは投打両面で活躍を目指す。

講習前の林さんの投球フォーム
講習前の林さんの投球フォーム
●講習前の投球フォーム。下段左から3枚目に注目。リリース後のヒジと手首の返しが少ない、遊びがないことが分かる

スピードが出ない原因は手首の使い方にある
 まずは速球から投げてみる。ところが、林さんはスピードボールを投げたつもりでも、そのボールがホームベースの直前で急速にブレーキがかかったように、すとんと落ちることが時々ある。ドロップである。
 「林さんの手首の使い方は自然にドロップのフォームになっているんですね。そのフォームでは、いくら速いボールを投げようとしてもしんどいです」。
 つまりこういうことだ。初心者ゆえに、うまくキャッチャーに投げなければいけないという意識が働きすぎて、手首だけでコントロールをつけようとした。それが不必要に手首を返すという結果につながってしまったのだ。
 そして、吉村先生はもう一つ問題点を指摘する。「ヒジから先に力が入りすぎているので、手首の返しが悪く、スピードを殺してしまっているんです。それでは速いボールは投げられません」。せっかく重心を残す投球フォームはできているのに、この二つのクセのために、そのよいところを消してしまっているのだ。そこで、まずはヒジから先を使い、余分な力を抜くことから始めた。半身に立ち、1人で投球フォームを確認する。腕の正しい使い方を覚えるのだ。

腕の力を抜いてヒジを腰にぶつける
腕の力を抜いてヒジを腰にぶつければ、ボールは自然に手から飛び出る

 「力を入れなくても、ヒジを腰にぶつけることで自然にボールが飛び出ます。この時に気をつけなければいけないのは、ヒジが当たる部分である腰が動いてはいけない、ということ。ヒジが支点、ボールが作用点ということを意識してください」。
 支点が動いてしまったら当たりは弱くなる。そして林さんの場合、後ろ足に重心は残っているとはいうものの、暴投してしまう恐怖心があるのか、腰をひねるように回転させてしまっている。これも重心が動いてしまったのと同じことになる。何度か繰り返し修正を試みた。だがこの場で完璧にマスターするのはなかなか難しいようだ。
 「家に帰ってからも鏡の前で練習してください」と吉村先生。ある程度感覚がつかめたところで次のステップ、片足ピッチングに移った。
 捕手に対して半身に立ち、重心を後ろ足に残したまま腕の回転だけで投球練習を行う。これが片足ピッチング。これを行うことで、ヒジを腰にぶつける感覚、重心を後ろに残す感覚を身に付けるのだ。
 しばらくこれを繰り返すうちに、ヒジと腰が接触する位置は分かったようだ。しかしまだ林さんの手首は固い。「リリース後に腕を止めてしまっているんですね。それでは伸びのあるストレートは投げられません」。
 ボールをリリースした後も自然に腕を振り抜く。こうすることで力をムダなくボールに伝えることができるのだ。

一人で行なった腕の振り
吉村先生の補助で行なった腕の振り
まずは一人で投球フォームの確認
一人で行なってみた腕の振りと(上)、吉村先生の補助が付いた腕の振り(下)を比べてみると、ヒジの使い方がまったく違うことがよく分かる
片足ピッチング
片足ピッチング
思い切りよく腕を振り抜く
 ここで一度最初のアドバイスを振り返る。ヒジが腰に当たっているかどうかは、「音」で確認するのだ。
 「林さんの投球では音が聞こえてきません」と吉村先生は指摘する。それにはいくつか原因があるようだ。「ヒジが腰に当たるようになっているのですが、上腕に力が入ってしまっていて、腕の角度がついていないから腕全体が当たってしまっているんです。つまりヒジから先に“遊び”がないんです」。
 ヒジというよりも腕全体が当たっているために、ビシッという音が聞こえてこないのである。
 一方、よくなっている点もある。練習前に比べて足腰が安定してきたことだ。全体のバランスとして見た時のフォームが固まってきた証拠だろう。
 ここで、ステップ投球に挑戦することにする。正規の距離よりも数歩後ろから、すり足のような足運びでステップして投球を行う。
「もちろんこれは試合でやったら不正投球ですよ。でも、助走を付けて投げることでスピードが上がるんです。そのスピード感をつかむための練習と考えてください」と吉村先生はこの練習の目的を伝えた。
 林さんは最初、足の運びに苦労していた。どうしてもプレートの位置が気になつてしまうのだ。だが、この練習をする時には、あまりプレートを意識する必要はない。もともと不正投球を覚悟の上での練習なのだ。むしろプレートはないものと思ったほうがいいかも知れない。それよりも思い切り腕を振り抜き、自分が出せる精一杯のスピードを出すことのほうが重要なことなのである。
 足の運びに慣れてくるにつれ、林さんの球速が上がってくる。吉村先生の思惑がぴたりとはまったようだ。これまできれいなフォームで投げることを気にしすぎて、縮こまっていた林さんのフォームが、いい意味で殻を破った。
ステップ投球
吉村先生がステップ投球の手本を見せる。これはあくまでスピード感をつかむための練習。この時、プレートを意識しすぎないようにしたほうがいい

ドロップ・ライズにも挑戦
 球速アップに手応えをつかんだところでドロップ、ライズにも挑戦する。
「ドロップは踏み出す足の幅を狭くして高い位置から振り下ろすようにします。極端に言うとボールをひねり落とすような感覚ですね」。
 最初、林さんが手首だけで行っていた動作をヒジから先を使って行うのだ。次にライズ。
 「ライズはひねりあげるようにボールを長く持って」。
 投球練習を始めてわずか1か月の林さんにとって、変化球は未知の世界だ。林さんも受講前までは変化球を習うことは想定していなかった。だが吉村先生は、あえて変化球も投げさせてみた。「最初に投げたボールがドロップになっていた理由が分かるでしょう?」。あえてここでドロップも投げさせてみることで、最初のフォームから何が変わり、その結果どういうボールがいくようになったのか。その変化を確認させるためでもあったのだ。

ドロップの握りと滑らせる感覚
ドロップの握りと滑らせるように指を抜く感覚を指導する
捕手の視点から−伊藤諒選手
 今回捕手を務めてくれた伊藤諒(りょう)選手は、林さんの最初の投球を見た時、こう話していた。「まだまだですね。本当なら腕の振りよりも速いボールを投げなければいけないと思うんですが、林さんの場合、腕の振りよりも遅いボールが来ているんです」。
 腕の力をボールにうまく伝えるようにするには「ボールを長く持つこと」と伊藤選手は言う。
 「たとえば、ボールにヒモを付けて回す時、長く回せばそれだけスピードも上がる。それと同じだと思うんです」。
 この最初の感想が終盤に驚きに変わっていったのは言うまでもない。一番近いところで、林さんの球速が見る見る上がっていくのを目の当たりにした。最後には変化球も、数球に1球の割合とはいえ、いいボールが行くようになった。林さんの嬉しそうな笑顔と同じように、笑顔の伊藤選手が印象的だった。
講習後の林さんののフォーム
講習後の林さんの投球フォーム
●講習後の投球フォーム。リリース直後、最後の写真を見ると、腕が鞭のようにしなり、力が抜けているのが分かる
一つよくなれば他もよくなる
集合写真
左から吉村先生、林さん、伊藤選手
 最後に、林さんに今回の感想を聞いてみた。
 「今回一番手応えがあったのは、スピードアップです。これまでは手首のスナップだけでスピードを上げようとしていたんですが、腕全体を使う感覚を覚えたことで、リリースポイントも変わって、スピードが上がりました」。
 講習前に今回一番の目的と答えていたスピードアップについては、相当の自信を付けた様子。スピードアップにもっとも長い時間を割いたせいもあるだろうが、コントロールと変化球についてはまだまだだという。
 「コントロールはまだ自信がありません。変化球はこれまでやったこともありませんでしたし…。でも教えてもらって、何球かはうまくいっただけでもすごく嬉しいです」。
 笑顔で講習を終えた林さんに、吉村先生はこう伝えた。
「“コントロールだけ”をよくしてください、“スピードだけ”を上げてくださいというのは難しいこと。それは、ピッチングというのは全部に相関関係があるものだから。一つがよくなれば、スピードも変化球もコントロールも、全部同じようによくなりますよ」。
 変化球までは考えていなかった林さんにあえて変化球を指導したのは、こういう意図もあったのだ。あとは林さんが今回学んだことを忘れずに普段の練習で繰り返していくだけだ。そうすれば、おのずと全体がバランスよくレベルアップしていく。今回は、そのための第1歩を踏み出したのだ。
 
※こちらはソフトボール・マガジン2004年9月号に掲載された内容です。
 
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