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悩めるビギナーをスパッと診断
ハイスコアを目指し試行錯誤を繰り返すビギナーの方は多いはず。そんな方々の質問や疑問に、(社)日本ボウリング協会のマスターインストラクター宮田氏がお答えします。
カウンセラー 宮田哲郎
ライセンスNo.140のプロ6期生。(社)日本プロボウリング協会マスターインストラクター。プロボウラーやセンター社員の教育、指導を専門とする。ビギナーにもわかりやすい指導を1冊にまとめた『スポーツ・ボウリング』(ベースボール・マガジン社)ほか著書多数。
第1回
(2)「ボウリングの日」のポスターにはピンが9本しかなかったのですが…?
【質問】
 6月22日「ボウリングの日」のポスターをボウリング場で見たら、ピンは9本しかなかったそうですが、どうやって投げていたのですか?
【回答】
 日本で最初のボウリング場が開かれたのは1861年(江戸時代末期、文禄元年)6月22日でした。場所は長崎市のグラバー邸に近い一角にあり、イギリス人やオランダ人が楽しんでいました。これが毎年、各地のボウリング場が6月22日を「ボウリングの日」として、いろいろなキャンペーンをしている由来です。
 古文書を見てもレーン数などの記録はありませんが、いわゆるナインピンボウリングだったといわれています。しかし、研究者はこれに否定的で、現行のテンピンボウリングだった可能性が高いと思われます。テンピンはアメリカやイギリスで18世紀末から登場していたこと、ボウリング場のオーナーがアメリカ人だったことなどの傍証があるからです。
 しかし、それ以前の中世ヨーロッパで大流行したのは、やはりナインピンでした。ボウリング禁止令がたびたび発布されていたほどですから…。
 ところで、私も9本のピンを使うボウリングを楽しんだことがありますが、それはそれは難しいものです。現代ナインピンボウリングの一種であるクラシック(注1)でしたが、大汗をかきました。
 ボウリングマガジンの愉快な連載『ようこそ野田写真館へ』(98年9月号)では、クラシックの先祖ケーゲル(ドイツ語で柱とかピン)を紹介していましたが、酒場の地下に多く設備されており、パーティの合間に楽しむ遊戯的なものです。

 非常におもしろいのは、9ピンのレイアウトです。逆三角形の10ピンと違い、ひし形に並べるので、ストライクのピンアクションが非常に生まれにくいのです。
 スペアも3球まで投げることができ、仮に3球で8本しか倒せなかったら、フレーム内は合計8点と記入します。しかし、スペアのマークを×と記入するところが、実に紛らわしく感じられました。慣れないと、ストライクマークにしか見えませんから…。
 スペアやストライクの計算は、その後の投球で倒したピン数をボーナスで加算することはテンピンと同じです。この計算法は、あとになってスコアミスが見つけにくい欠点があると思います。ほかにダックピンやキャンドルピンボウリングでも同じ計算法を使います。
 汗びっしょりでナインピンを楽しみながら感じたことは、第1に現代テンピンボウリングのようにレーンが精緻でないこと(注2)。ピンがドミノアクションしないので、力が要求されること。そしてボールの回転を生かしたテクニックが使えないことです。
 現代テンピンボウリングが誕生してから、およそ140年。ボウリングの科学がまだ大衆に理解されていないので、テンピン独特の入射角度やボールの回転との関係、レーンコンディションに対処する高度なアジャスティング技術などの存在が理解されず、ときに不当な評価をされているのは、残念なことです。
注1 コンクリートの上に合成樹脂をひいたもので、昔はアスファルトと呼んだ。レーンは67フィート。ボールは直径16センチ、重さ6ポンド(3キロ)と小さくて軽いのに対し、ピンは17インチ(43.2センチ)と高く、ストライクを出すには力いっぱいスピードボールを投げると効果があった。
注2 現代のテンピンボウリングは、およそ22メートルもあるレーンに1000分40インチ(約1ミリ)の傾きや連続した凹凸があってはならないなど、設備に厳格なルールがある。
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